指導者としてやりたいこと

2020年6月25日

今回は、自己紹介に続く「自分語り」となります。

 

テーマは「指導者としてやりたいこと」です。

指導者としてのスタート

指導者になるきっかけ

以前の記事でも書きましたが、私が将棋教室を開催することになった理由は、将棋道場に遊びに来る初心者の子どもたちが増えてきて、事務作業や他のお客さんの相手の片手間で指導を行うのが厳しくなってきたからです。ですから、将棋教室を開催するにあたって特にはっきりとしたビジョン目標はなく、将棋の普及子どもの指導・育成もそこまで強くは意識していませんでした。将棋道場の経営を支えるための、収益力アップの手段としての意味合いがほとんどだったと思います。

 

ただ、さすがに何も考えずにだらだらとやるのも問題だと思ったので、とりあえず「指導者として結果を残す」という目標を立てました。目標をそう決めた理由は、当時私の地元に強いと言われる小学生の子がいなかったからです。

 

私の住んでいる福岡県には、福岡市と北九州市という大きな都市があります。私は北九州市に住んでいるのですが、残念ながら将棋の大会で結果を残せている子は、北九州市の方にはほぼ居ませんでした。特に「小学生名人戦」と「倉敷王将戦」という、県代表を決める二つのメジャー大会において、代表になる子は常に福岡市に住んでいる子でした。そもそも代表になるどころか、代表クラスに参加する子もほとんどいなかったのを覚えています。

 

ですから、どうせやるなら指導者としての実績・結果を出そうと考えたのです。

指導者としてのレベル向上を目指して

しかし、それまでに子どもたち相手にボランティアでやっていた指導は、正直指導というよりは相手をしているといったレベルの内容で、お金をいただいて行うサービスとはとても言えませんでした。そこで、将棋教室のコンセプトから指導方針や指導内容等を毎日考え、一つずつ決めていきました。

 

しかし、私自身の棋力も高段者というには程遠く、また駒落ち等の指導技術も皆無だったため、毎日が勉強の日々でした。まず、指導の技術を一朝一夕で身につけることは無理なので、その分生徒をしっかり「観察」し保護者の方と情報交換をして、できる限り生徒の心や考え方に触れることを意識して行っていました。その上で「何をどう伝えるか」の部分をしっかり練り込んでいきました。随分失敗もして生徒も入れ替わっていく中で、何とか今のスタイルが少しずつ出来上がっていったように思います。

 

私は正直、将棋の技術的なものはほとんど伝えていませんし、そもそも伝えるほどの技術が私にはありません。経験をもって将棋を伝えられるような「感覚肌の職人」にはなれないので、「理路整然」をモットーにした将棋の伝え方をしています。どちらかというと、将棋の歪みを治す整体師でありアドバイザー的な指導者のタイプです。それが唯一、自分のできることだと考えていますので、おそらくこれからもそのスタイルは変わらないと思います。

結果が出る

そうして月日が経ち、指導歴3年で「県代表」、4年で「全国優勝者」が出るという、指導者としては望外の結果が出ました。正直、さすがにそんなペースで結果が出るとは考えていなかったので、頑張ってくれた子どもたちには、いくら感謝してもし足りない気持ちです。

 

しかし、あくまでこれは子どもたちが努力した結果であり、その栄誉は頑張った本人それを支えた保護者の方に帰するものだと思っています。

 

もちろん、自分が将棋を伝えた子供たちが結果を出してくれたことは指導者冥利に尽きますが、自分はただ子どもたちが道を間違えそうになりやすいところで案内板になることだけを心がけています。そして自分のキャパをしっかり把握して、いつか私が伝えられるレベルを子どもたちが超えることになった時は自分の生徒であることに固執せず、より適した次の指導者の方にバトンを渡すべきだと考えています。

指導者としてやりたいこと

見えなかったやりたいこと

そうして、指導者としての目標などは前述のとおりある程度は達成できましたが、つい最近まで指導者として「何をやりたいのか」というのはずっとぼんやりしたままでした。何となくのイメージはあったのですが具体的なものではなく、明確に口に出せるようなものでもありませんでした。ですが、最近これだ!というものをはっきりと自覚しました。

 

それは、私は「千葉周作」みたいになりたい、というものでした。

 

千葉周作は江戸時代後期の剣術家であり「北辰一刀流」という流派の創始者でもあります。また、千葉周作が開いた剣術道場は多くの門下生を抱え、当時とても繁栄したものでした。

 

その指導の特徴としては、

  • 指導段階の簡素化
  • 神秘的な、言い換えれば曖昧な要素を徹底的に排除し、理に適ったもの

というものでした。

 

その指導法においては「他流派で10年かかる修行が5年で終わる」といわれたといいます。この話を読んだとき、私のやりたいことはまさにこれだ!と思ったのです。

「曖昧」を「明確」に

つまり私は、将棋においてしばしば語られる職人の「肌感覚」的な曖昧さをできるかぎり排除して、誰にでも理解できる合理的なものに変換して伝えたい、と考えたのです。

 

もちろん、職人の「肌感覚」というものを否定するのではありません。ただ「肌感覚」というものは、そのままには他人に伝えることができません。これについては「経験して学ぶ」というのが昔からある考え方であり、それはもちろん大事だとは思うのですが、私は「すべて0の状態」から経験で学ぶのではなく、要所を理解した上で経験を積み上げて学ぶ、という方が合理的に思えるのです。

 

そのためには、以前の記事で書いた言語化能力がとても大事だと考え、普段からそれを意識して「変換技術」を磨くようにしています。

 

指導者の棋力によって指導対象は変わってくるでしょうが、指導員自身の棋力がそこまで高くなくても「適材適所」の考え方で工夫を積み重ねれば、子どもたちに将棋を伝えることはできます。将棋の普及のために、さらに指導員を志す方が増えたならとても嬉しく思います。

 

今回は以上です。

ご覧いただきありがとうございました。

 

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